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ヤキニクリーゼチャン
〈D.D.D〉の〈三羽烏〉の一人にして、いくつもの難関レイドを指揮した凄腕レイドリーダー、そしてクラスティの不在によって機能不全に陥っていた〈D.D.D〉を「機能ごとに分割する」という大胆な再編成によって救った才女リーゼ。
(嫌がらせなくらい大胆に再編したほうがあの人面白い顔するよ、と先輩三羽烏のアドバイスがあったとは言え)
外部の人間からはその手腕ばかりが知られる彼女だが、その実は一人の少女であり、その細い肩にのしかかる責務やプレッシャーでストレスフルな毎日を送っているのが実情である
そんな彼女がストレスと疲労に沈みそうなとき、きまって立ち寄る店があった。

〈食い倒れ横丁〉の一角にたたずむ、古い廃屋を改装した店舗。ユーモラスなブタのイラストが描かれたその店こそは、知る人ぞ知る焼肉の聖地〈焼き肉とんすとん アキバ店〉である。地球世界でも同名の焼肉店を営んでいた店主が提供する質の高い焼肉は、常連の〈冒険者〉たちから高い評価を受けている。また、「自分の手で焼きたい人」向けに焼肉用のエプロン(魔法級)も貸し出ているため、こだわり派の焼肉ファンにも人気が高い。

最初はクラスティ失踪後の激務によって疲弊していたリーゼを見かねて、ユタやらいとすたっふの面々が無理やり連れて行ったこの店なのだが、それ以来すっかりハマってしまったのである。(オウウでのゴブリン王討伐作戦が佳境を迎えていたころはアキバに一次帰還することもかなわず、禁断症状が出そうになっていたという話もあるが定かではない)

店に入ると、じゅうじゅうと肉の焼ける音とともに、熱せられた脂がたてる香りが鼻腔をくすぐる。おそらく地球にいたころであれば思わず眉をひそめていたであろうその芳香だが、今はたまらなく食欲を刺激してやまない。
「……いらっしゃいませ」
すでに顔なじみとなった店主が一礼してカウンターの奥側、「いつもの」席に案内する。リーゼは軽く会釈して席につき、まずはお冷を一口。よく冷えたトドロキ谷の湧水が喉を通れば、完全にスイッチが入る。その目は歴戦のレイド指揮官のそれだ。

「今日はどうされますか?」
「バンドウツルマメのナムルにパステルリーフ、それとローストビーフを」
魔法の鞄から取り出したマイエプロンを身につけながら、よどみなく答えるリーゼ。ここまでは定番、いいかえればルーティーンのオーダーだ。焦って焼き物をオーダーすることなく、まずは野菜で肉の迎え入れ体勢を作る。ごま油の効いたツルマメの芽は食欲増進に、パステルリーフは合間に食べることで消化を助けてくれる効果もある。

「どうぞ、タイハク牛のローストビーフです」
ナムルを口にしていると、店主の控えめな、しかし確かな自信を感じさせる声とともに、ローストビーフの皿が運ばれてきた。
「これは……いい色ですわね」
薄切りにされた肉の、浅く火を入れられた表皮からピンク色へと変わる繊細なグラデーションがリーゼの視線を吸い寄せる。
「いただきます」
一切れ口に含めば、柔らかな、しかししっかりと歯ごたえを感じさせる肉の味と、絶妙な割合の脂肪がとろけあい、口の中を包み込んだ。
思わず、ほう、と息が漏れる。肉の脂に舌が慣れていない、初めの一口でこそ味わえる繊細な仕事だ。

だが、舌鼓を打ちながらもリーゼの頭脳は休みなく動く。ローストビーフは前哨戦であり、同時に作戦立案(ブリーフィング)の時間でもある。皿の中身が半分ほど減ったところで、リーゼは本戦を仕掛けるべく、追加オーダーを頼んだ。
「上タン塩1、溶岩ロース(ロース・オブ・ラーヴァ)1、それとハタケイノシシの塊肉を」
「かしこまりました!」
さっと焼きで歯ごたえの楽しめる上質なタン塩と、濃厚な味わいの〈溶岩竜(ラヴァドラゴン)〉のロースはとんすとんの定番メニューだ。今回はさらに塊肉をチョイスした。すぐに焼きあがる肉でDPS(でりしゃす・ぱー・せかんど)を確保しつつ、後半戦の主力である塊肉を遠火でじっくり焼き上げる算段である。

ローストビーフを平らげるころには、目の前に程よく火を熾された七輪と、オーダーした肉たちが並ぶ。ちりちりとほほをなでる炭火の熱気が心地よい。
「塊は網の最奥に配置。タン塩は網の中心、強火部分で速攻をかけつつ、サイドを順次ロースで固める流れでいきますわ」
焼き網という盤上に、この先のバトルの流れが組み立てられる。網の温度、肉の火の通りやすさ、焼き加減、自分の胃袋の状況、etc... 常に変化するさまざまな要素を考慮しながら、戦いの潮流を読み、その流れを手の内に引き込むのがレイド指揮官の腕の見せ所だ。

タン塩は焼きあがるまでが早い。片面を10~15秒あぶり、表面に肉汁が泡立ち始めたらもう口へと運ぶ。両面焼きをする流派もあるが、リーゼは断然片面焼き派だ。タン塩を食べ進めながらも左手のトングは定期的に塊肉の焼き面を変えている。あせって火を通そうとしてはいけない。ゆっくり、じっくりと炭の熱を浸透させていくのがセオリーなのだ。

背後のテーブルでは焼肉に慣れていないグループ客が、盛大に網を炎上させて悲鳴を上げている。だが、リーゼは黙々と自分の網に向かい、じっと肉の焼き加減をうかがう。こうこうと赤く熱を発する炭の光と焼けてゆく肉の表面を見つめていると、心が研ぎ澄まされてゆくのを感じる。今、リーゼの戦場は目の前の網の上のみなのだ。
「自分の焼き網の上の出来事は、自分で始末をつける」それが焼肉という戦場の交戦規定。誰もみな、焼き網の前では平等に孤独なのだ。

タン塩が半分程度消化されたところで溶岩ロースも交えて網に載せる。堅牢な竜の甲殻に包まれていた肉は、炭火の熱を受けてその内部に隠していた脂とうまみを放出し、ジュワジュワと煙を上げる。熱々のところをパステルリーフに乗せて、味噌をつけて頬張れば、溶岩流のごとき肉汁と脂が口の中に広がるのである。

ユタや孤猿であればここで肉と一緒に白米をかきこんでいるところだろう。肉と白米の相性はいわば特攻武器だ。リーゼもその威力は熟知している。しかし指揮官は戦いの目的を間違えるわけにはいかない。リーゼは焼肉を食べるためにこの席にいるのだ。

「ほふ、はふ……っ」
炭火と肉の熱量に、額に汗が浮かぶ。ハンカチで軽くぬぐいながら、リーゼは次々とタン塩とロースの波状攻撃(焼いているのは自分だが)を処理していく。タン塩があらかたなくなったところで、さらに補充戦力として〈レイジングブルのエイジングリブ〉をオーダーする。仕留めた後、2ヶ月以上熟成させたブル肉はナッツめいた芳香としっとりとした旨みが格別だ。

溶岩ロースまでの速攻戦術からリズムを変え、熟成肉はすこし遠目の弱火でゆったりと、熱しすぎない程度に焼いてくのがよい。ペース変更とともに、リーゼは追加オーダーしたリリウムルートの煎じ茶を飲む。ボースヤマユリの根を煎じた茶色のお茶はほっくりと香ばしく、口中の脂を落としてさっぱりさせてくれる。
炭火に照らされて、表面に脂をにじませながらじわじわと熱を溜め込んできたハタケイノシシの塊肉も順調だ。最後は網からおろし、皿の上で肉を休ませる。リブを食べ終わるころには、ちょうど食べ時が訪れるはずだ。
(理想的な流れですわね……!)
熟成肉を一枚一枚じっくり味わいながら、リーゼは心の中で何度もうなずく。たとえ焼肉というステージであっても、想定どおりに戦いが進むことは気持ちがいい。

そして、いよいよメインにしてラストの大物、ハタケイノシシの塊肉が仕上がった。ハタケイノシシの肉といえばアキバではいまやポピュラーな素材であり、どちらかといえば大衆食の食材という見られ方をすることも多い。だが、店主自ら行なう丁寧な解体と下処理によって引き出されたそのポテンシャルは、並み居る高級食材にも劣りはしない。
表面はカリッと香ばしく焼き色がつきながら、店主に借りたナイフで薄くスライスしてみれば、その内部は肉のピンクを残しつつ、しっかりと温まったレア~ミディアムレアの状態だ。
「はぁ……」
一口口に入れるだけでため息が漏れた。
適度に肉を休ませて粗熱をとったことで、必要以上に肉汁がこぼれることもなく、旨みが肉の中にとどめられている。そして噛み締めるととたんに、封じ込められていた肉汁が口中に解き放たれるのだ。今回の塊肉は、リーゼ会心の焼き上がりであった。無心で塊から肉をそぎとっては口へ運び、リーゼはそのたびにため息を漏らした。

「上達されましたね!」
「いえ、まだまだですわ」
塊肉をあらかた食べ終わる頃合を見計らって、店主が声をかけてきた。リーゼは謙遜の言葉を口にしながらも、その声は喜びを隠しきれていない。戦闘開始から終始理想的な流れで終盤まで進行し、最後に会心の焼き加減を実現できたのだ。少女の年齢をかんがみればもっとはしゃいでもおかしくないぐらいである。
「今日はよい焼肉でしたわ。……ご馳走様でした」
満腹感と達成感でいっぱいになりながら、誇らしげにリーゼは財布を取り出す。今、彼女はまさに焼肉という戦いの勝利者だった。

「おや、もうお帰りですか? 実は先ほど急な入荷がありまして……」
「えっ」
「オウウで獲れた〈金毛鹿(ゴールデンディア)〉のですね、いい部位が手に入ったんですよ。おそらく年に一度獲れるかどうかのレアもので」
「えっ」
「しかも現地で加工した生ハムと腸詰もありまして。先ほどちょっと味見してみたんですが……こっちもヤバイです」
「えっ」
「どうなさいます?」
「その、あの……」
「おそらく今日中に売り切れになると思いますが……」
「一通り、一人前ずつお願いいたしますわ……」
「ありがとうございます!!」

にっこりと笑顔を浮かべて店主は厨房へと姿を消した。
リーゼは再び席に着き、ここまでの戦闘経過と、それに伴うカロリー収支、および財布の中身の推移を指折り数える。
「明日の戦闘訓練……5割増しで足りるかしら」

戦いは、勝ったと思った瞬間にこそ落とし穴がある。終盤こそ予想外の増援やギミックに注意を払うべし。
幾多の戦場で思い知らされた教訓を、リーゼは改めて噛み締めていた。


なお、鹿肉のあとに店主特製のガトーショコラ(数量限定)も攻めてきたらしい。

関連項目